日本速読協会ホームページ

 [ インストラクターから会員のみなさんへ ]

 日本速読協会の検定試験3級以上のインストラクター資格をお持ちの会員の方々から、一言アドバイスをいただきました。トレーニングを新しく始められた初心者の方、訓練を再開された方、是非参考にして下さい。

・・・訓練はさりげなく、数多く、日常の工夫が大切・・・ 会員2級インストラクター 小西 正人さん

 今回は、現在トレーニングに励んでいる方、これから速読を修得しようという方へ私の体験からアドバイスメッセージをおくりたいと思います。私は入会したばかりの頃、訓練を始める時間がいつも夜遅くなってしまい、[ねむけ]とたたかうのが自分ではとても大変でした。訓練を「さあ、はじめよう」と、丹田呼吸をすると気持ちよくなり「今日は寝よう。明日がんばろう」となってしまったり、基本トレーニングまでなんとかがんばっても、実践的な訓練(本読み)はやらずに終わったり本読みまでやっても「書き出し」をせずに、わかったつもりになっていたり‥‥。なによりもテキストのカリキュラムの指示のように約一時間という時間の確保が大変でした。その頃の私は基本トレーニングだけで済ますというトレーニングと、わかったつもりの本読み(書き出しをしない)トレーニングで長〜い期間をすごしてしまいました。
 皆さんは私のような失敗はしないでください。なんとかまとまった時間をつくり、そのうち基本トレーニングにかける時間は二十分位にして、あとの時間は、〈本読みトレーニング〉を主体にしてください。本読みトレーニングのやり方はいろいろありますが、とにかく一にも二にも〈書き出し訓練〉が大事です。「短い文」でも「長い文」でもとにかく読み切ってから、必ず書き出すことです。読む本は、自分が読みたいと思う本、役立つ本が良いでしょう。まとまった時間がなかなかとれない方もいらっしゃると思いますが、そういう方は丹田呼吸や基本トレーニングなどは日常生活の中で工夫して、さりげなく、数多くやってください。机に向かってトレーニングする時は、くどいようですが、本読みを中心に!
 要するに自分の生活の中に速読訓練をリズムとして取り入れ「今日の訓練は楽しかった」と思えるような、元気なトレーニングを心がけてください。


・・・速読を始めたころ・・・    会員1級インストラクター 児玉 宗久さん

 1980年代の半ば過ぎ、20代の僕は、上石 神井のしけたアパルトマンで、アルバイトを続けながら売れないマンガを描いていた。なんて絵に描いたような青春だったんだろう。何回か作品を出版社に持ち込んだりもしたが、絵は褒められるのだが、話の方はいつも面白くない、分かりにくい、本読んでないのね、のオンパレードであった。当然買ってくれるはずもない。やれやれ。
 そんな頃、新聞の広告で速読というものがあるのを知り、突然インスピレーションが走ったのである。「これをモノにしなければ、この先ずっと社会の底辺を平泳ぎだっ!」ここで分かって欲しいのは、僕はそれほど衝動的な人間ではないということである。ただし、このときの直感は強烈だった。かくして当時の僕にとっては、破格的な額であったお金を出して(ローンです)めでたく速読協会の会員になったのである。
 そのころ東京周辺では、週に4回ほどのサテライト教室が開講されていた。とにかくモノにするんだ、の一心で可能な限り出席していたら、やがて顔見知りもでき、親しくなり、気が付いたら「うれしいたのしいアフタースクール」友の会が発足していたのである。
 速読をマスターした早道は、このアフタースクールにあったんじゃないかと今思うのだ。損得のない友人関係は、志を同じにする分熱くなる。集中することとリラックスすることは、緊張した環境では育めない。特に潜在能力を高めるためには、気心の知れた友達が必要です。しみじみ。
 一人で頑張っている人も、こういう紙面を利用して、どしどし友人を創って欲しい。どうせ始めちゃったのだから、ある程度はモノにして、実生活に役立てなくては意味がない。それに、目ばかり動かしていても、書き出しをサボっていたら速読は出来ないよ。その辺りの要領は、やっぱり先輩とかに聞いた方が良い。出来る人と友達になれば、「なんだ」と思えてくる。なんだ、あんな人に出来るんだったら、自分に出来ないはずがないじゃん、なんてね。うふふ。
 やり方さえ間違っていなければ、それからとにかく毎日訓練していれば、できるようになる。大丈夫です。少なくとも1分間に60ページは、普通にできる。だから、言い訳せずに前向きに。頑張ってください。
 6年前に沖縄に越してきて、今は絵かきをやっています。「右脳絵画塾」という名称で、家で教室も開いています。ぜひ遊びに来てください。

・・・速読再出発・・・    会員2級インストラクター 藤井 真知子さん

 昭和62年3月に速読を始めてから、十一年になる。最初はもちろん、1級(十万字)のレベルを目指した。協会に入会して、トレーニングを開始した頃の心の浮き沈みは、5年前の投稿に書いた記憶があるので今回は省略する。4級、3級と順調に取得し、昭和63年から協会のインストラクターとして、お手伝いをする。一方、5日間トレーニングしては2週間怠けるような日々の中、平成4年5月、2級に到達した。その後の私は、速読を伝える側に身を置いていた。
 平成9年4月28日、大阪のサテライト講座に参加し「芝居は、観るより演じる方がおもしろい」ことを思い出した。以来、本日(8/26)まで、121日トレーニングは続いている。トレーニングが楽しい。前日より読書スピードが落ちても楽しい。書き出しが思うように進まなくても楽しい。121日前の私に比べて変わったことは本人が自覚している。

1、緑を筆頭に、自然の色が鮮やかに見える
2、視野が広くなっている
3、人の名前を容易に記憶できる
(仕事上、20〜30人の名前を覚えることが度々あるが、何の苦労も無くなった)
4、読書スピードは上がっている
5、脳細胞が新鮮な空気を喜んでいる
6、読書量は前年度比2倍を超えている・・・

 まだまだ書けるが、この辺でやめておく。十一年前はガツガツしていたが、2度目(今回)は、楽しんでいる。日本画の「ポチポチ3年、波8年」に、速読を当てはめ、アセラズ、アワテズ、アキラメズ続けよう。速読ができないと嘆く方、少なくとも、3年は毎日楽しみながら速読をしてみましょう。
毎日できない言い訳を考える暇に1頁は読めます。

・・・レポート&メッセージ・・・   会員準2級インストラクター 松田 優紀さん

 日本速読協会に入会してから、5年が経ちました。その間、熱心にトレーニングした時期もあれば、あまり熱心でなかった時期もあります。ですから速読検定3級は頂いたものの2級まではなかなかといったところです。
 トレーニングで一番大切なことと言えば、休まずに続けることだと思います。当たり前のことですが、これがなかなか出来ません。そこでどうすればトレーニングを続けられるか私なりに考え、トレーニングした内容を記録に残すことにしました。
 以前は大学ノートにトレーニングした日だけメモしていたのですが、今年より専用のスケジュール帳を作成し、記録しています。記録することでトレーニングの成果が分かりますのではげみになります。また、スケジュール帳のように日付が主体になったノートに記録すれば、その日に何をやったかが明確に分かります。さぼれば空欄が目立ちますのでやる気が出ます。このノートのおかげで今のところ何とかトレーニングを続けています。
 コンピューターを使用する仕事をしてきましたので、どうしても疲れ目になりやすかったのですが、速読を始めてから目の負担が減り、楽になりました。文字に対する精神的抵抗がなくなり、マニュアルなども気軽に目を通せるようになりました。
 速読のトレーニングを続けることで単に本を速く読むだけではなく、視野が変わってきたような気がします。それは文字通り目が見えやすくなったこともありますが、以前より理解力が増し、心の視野も広がっているように感じます。
 1分間に十万字はおろか三万字にも遠い私ですが、これからもトレーニングを続けることで「視野」を広げていきたいと思います。
 先日、洋画を見ていてふと気がついた。私は字幕を読んでから英語の台詞を聞いているのだと。「英語が判る友人と映画を見ると、笑うタイミングがずれる。友人は英語を聞いてすぐに笑うのが、私は字幕を読んでから笑うので遅くなる」と言うような話を、何かで読んだ事がある。だから、自分が字幕を先に読んでいる事に対して不思議に思った。そしてようやく「私は速読トレーニングをしているから読むのが速い」と言う事に気がついた。 以外に思われるかもしれないが、私は自分が速読が出来ると思った事はない。確かに入会当初よりは、本読み速度は速くなった。書き出しの単語数も増えた。だが、本を読む時以外ではあまり実感が湧かなかった。
 入会当初は、速読によりある日突然、劇的に理解力や記憶力が変るようなイメージを持っていた。だけど、そうそう「劇的」な事は起こらない。 だから自分が速読できると言う実感がなかったのだ。 でも、改めて考えてみると視野は変ってきている。変化を計るものさしがないので、はっきりとは判らなかっただけである。
 人はどうしても、これができない、あれができないと「できないこと」ばかり探してしまう。速読で言えば「本読み速度が伸びない」、「時間が無いから、思うようにトレーニングできない」などなど。だが、少しでもトレーニングすれば「始めは何百字しか読めなかったのに今は2000字を超えた」とか「就寝前に10分だけトレーニングする」とか「できること」はきっとあるはず。「できないこと」を探す暇があるのなら「できること」を探した方がずっと楽しい。そんな当たり前の事にやっと気がついた。


・・・インストラクターからの一言・・・   会員準2級インストラクター   阿部耕三さん

 速読講座で受講者から必ずでてくる質問がある、「速く読むと何が書いてあるか分からない」。理解できないことが不安となり速読法で読むことを遠ざけているように思う。記号トレーニングなどでは、それなりの速度で進むのであるが実際の文章のトレーニングになると速度が上がらない現実である。

 そこで理解について少し考えてみましょう。速読法で文章を読んで理解できる程度は、普段の読書の理解度を越えることはありません。このことは普段の読書で理解できないことは、速読法による読書でも理解できないことを意味します。普段、文章に親しむ習慣のない人が速読トレーニングをして本が読めたと錯覚されても困ります。
 文章を読んで「分かる」ことには二つの意味があります。ひとつは「文字を読める、文章を読むことができる」です。日本語で書かれた文章であれば読むことができます。

もうひとつは「言葉の意味が分かる、文章の意味するところが分かる」です。読者にその文章を理解する能力が備わっていない場合は分からないのです。
理解は後回しにして、とにかく書いてある文章が必要であれば丸暗記する以外ありません。
速読法は文章の丸暗記を目的にしていません。丸暗記でないということは、文章の理解のところで読者の想いが入ります。想いとは心の中身です、現在までに体験したことや勉強して積み重ねてきたことです。その人の性格や感性といったたぐいも影響します。
 「速く読むと理解した実感が湧かない」という意見もありますが、ようするに想起が出来ないからです。しかしながら目では見ているはずです。「普通にゆっくり読んでいる」ときは、頭の中でイメージし感情が動いています。入力と一緒に出力をして復習しているようなものです。ところが速読をすると読むこと(見ること)のみで、イメージや感情が付いて来ないと思ってしまいます。確かに文章の一部分に限って考えれば、そのように言えると思います。しかしブロックで読む(見る)ことの意味は、全体像を掴み文章全体の要旨を見つけることです。全体像のイメージから単語を想起し関連することがらを連想するのです。普通の読み方が部分部分で入力から出力までを繰り返している方法であり、速読は入力、想起、出力の工程を別々に行う方法と言えると思います。
 従って速読法を習得することで処理能力の向上は期待できますが、理解の深さの向上は期待できません。しかし速読トレーニングを続けることで、本を読む力、理解する力が向上することも考えられます。普段と違う脳の使い方は脳を活性化すると考えられます。脳の活性化は予想にしない能力を開花させることがあります。また脳の活性化はボケ防止に役立つと考えられます。
 速読法で重要なポイントは想起して書き出すトレーニングです。「理解の実感が無い」ことの一番のネックは想起して出力する力が不充分だからです。視点を定めて、集中して見ているのであれば目からの情報は脳へ届いています。
 必要としない能力は育たないと言われます。自分は速読の能力が必要だと心に想うことです。あくまでも、その人間の能力を伸ばすのは自分以外のなにものでもありません。速読が楽しくなるところまで継続してトレーニングを続けましょう。